東方異幻騒 TARGET:3 紅 美鈴

「いてて、うーん、なんか治りが悪いわね」

前回の悪戯で逆に痛い目を見た修酔はなかなか治らない怪我を不審に思った
普通ならこの程度の怪我は一日も待たずに完治するものだ
なのになぜか今回は、もう三日経つというのに未だに痛みが残っている

「妖精があんな力を持ってるとは予想外だったけど・・・」

痛む腕をさするたび、乗っている木の枝から茶色い枯れ葉がはらはらと舞い落ちる
そもそも弾幕ごっこのルール上、怪我をすることなどほとんどないはずだ
当の本人は、弾幕ごっこというものをやったことはないのだが

「寒くなってきて循環が鈍ってるのかな。身体動かすのも久々だったし・・・」

ふと、修酔の頭にこの間の二人の妖精の姿が浮かんだ

友達・・・ってかんじね、あのふたりは
そういや、誰かと遊ぶとか考えたこともなかったな
そもそも幻想郷にあたしの知り合いっていたっけな

破楽修酔はまだ幻想郷では新参の妖怪である
此処には溢れ返るほど妖怪がいるが、どうも自分に合わないため付き合いを避けてきた
合わないような気がするのだ。なんとなく皆、自分と雰囲気が違う

妖怪なんて星の数ほど種類がいるわ。八百万の神様もびっくりなくらいにね

とりあえずはそう思っていた
今でもそう思っている
それでも、同属の一人くらいこの幻想郷にいてもいい

「・・・よし!」

声と共に勢いよく立ち上がり、修酔は出かけていった
彼女の乗っていた木は、その揺れで無残にも丸裸になってしまった

今日から妖怪めぐりよ!



とりあえず近場から、有名どころを訪れることにした
というか、有名どころしか宛てがない

「ここが紅魔館か・・・」

修酔は正門の向かいに堂々と立ち、巨大な館を仰いだ
西に傾き始めた日光が、複雑な飾りのついたこの館の影をより濃くしている

すごい妖気ね・・・見るのはよしとこうかしら

紅魔館から放たれる強烈なオーラに気圧され、引き返そうかと思ったとき、人影が目に入った
館の迫力に夢中になってすっかり見落としていた
正門横、そう、すぐ正面に

「ヤッバ・・・!」

思わず相手の視覚から逃れようと右手を掲げたが、どうも相手は全く気づいていないようだ

あいつ・・・寝てるわ

身なりと立ち位置からして、どうやらこの館の門番のようだが、
修酔の見る限り、完全に寝ている
ああいう姿を見ると、いたずらを仕掛けたくなる
しかし、寝ている相手の五感を弄ったことはない

物は試しね

修酔は早速意識を集中した




何も意図したことではないのだ
自然と眠くなる。気がつくと寝ているのだ
今日とて例外ではなく、美鈴は眠っていた

突然足音がした。本能が強制的に意識を引き戻す

「ばぁっ!? いやこれは違うんですよ咲夜さ・・・ん?」

確かに足音はしたが、その方向に人影は・・・
あった。確かに人影がある。突然現れたようにも見えたが、正面に人影がいる

「えっと・・・どちらさまで?」

寝起きなせいか姿がよく見えない
分かるのは、自分よりも遥かに大きな巨体だということだ

「えー・・・ここを壊しにキた!」

人影は妙に力ない声で言い放った
まるで夢の中にいるようだ
言葉ははっきり聞こえているのに、声がよく聞き取れない

「はぁ、ここを壊しにですか・・・え゛ぇ!?」

とんでもない発言に思わず驚いてしまう
壊しにきたって・・・またえらいストレートな・・・

「コホン、私はここの門番、正当な用のない者を通すわけには行きません!」

ようやく相手の姿がはっきり見えた

・・・え? 鬼?

これ以上ないほどに分かりやすい姿だ
童話に出てくるような典型的な姿をした鬼だった

「どういう事情か知りませんが、本気で阻止させてもらいます・・・!」

美鈴は気を集中し、構えを取った
そこで、ある違和感に気がついた




悪戯を仕掛けた時点で具体的なイメージを考えておくのを忘れていた
まさか普通に幻覚が効くとは思わなかったのだ
何とか姿は作ったけど、バレてないわよね・・・?
門番が構えを取った

「アイツ・・・本気でやる気?」

この場合の対応を考えていなかった
戦闘になったらどうしよう・・・

「貴方・・・何者ですか・・・!?」

門番が幻に話しかけたのを聞いて、あわてて聴覚に返事を送る

「俺は鬼だ。見れば分かるだろう」

声もさっき不明確なイメージで送ってしまった
今度はちゃんと練り直した、私の考えうる一番恐ろしい声で送ってやった

「それはわかります・・・しかし、その気は一体・・・」

き・・・?
「き」ってなに? 金棒は木製じゃないわよ?

「おまえはいったいなにをいってるんだ」

困惑して思ったままを聴覚に送ってしまった
すると門番の表情が変わり、辺りがざわつき始めた
肌では感じられない風のような感覚が辺りを包んだ
え・・・なにこれ?

「たァッ!!」

突如門番が正拳突きを繰り出した
もちろん拳は空を切るしかない
修酔は慌てて触覚を弄ろうと意識を高めた
が、手応えがなかった
うそ・・・術が届かない・・・!?




「たァッ!!」

美鈴は賭けに出た
迷わず拳を鬼の腹をめがけて突き出す
拳が触れるか触れないかのところで、鬼の姿は消えてしまった

「!!」

やっぱり・・・
彼女が感じた違和感とは、気の流れである
目の前にこんな妖怪がいるのにもかかわらず、
周囲に自分の気の流れしか感じられなかったのだ
相手が地面に立っていれば、大地を通して気の流れが感じられてしかるべきなのだ
そこで至った結論が、この鬼は幻だということだ
実際、鬼は音もなく消えてしまった
予想が当たっていたのだろう

「はて・・・一体なんだったのか」

構えを解いて一呼吸すると、さっきまで気がつかなかった小さな気の流れを感じた
すぐ近くだ

「そこに誰かいるんですか?」

声をかけた方向には誰もいないように見える
だがしかし、気の流れは確かに存在している
先ほどとは逆だ

「あれ?」




門番が戦闘体勢を解除したところで、術が届くようになった
不測の事態で半ばパニックに陥っていた修酔には、
相手の目から自分の姿を奪うのが精一杯だった
こっそりずらかろうとしたそのとき、門番に声をかけられた

いやいやいや、さすがにバレてないでしょ
きっとわたしが何か音立てちゃっただけだわ。空耳よ空耳。受け流しといてお願いだから

そんな必死の願いも叶わず、門番は首をかしげながらこちらに歩いてきた
修酔はすっかり身体が硬直して動けなくなってしまった

バレてないバレてないバレてないバレてないバレてないバレてないバレて・・・

「ほっ」

「びゃぁっ!!??」

肩をつかまれた
もはや完全にパニック状態な修酔に、幻を維持することができるはずもなかった

「わっ、出てきた!」

「あだっだっだだだっだだだれよアンタ!」

「いや、それを聞きたいのは私なんですが・・・」

「しっししっしししらないわよわたしかえりたい!」

「あー落ち着いてください。とって食べたりしませんから・・・ね?」

とりあえず逃げるのは諦めた
悪いやつでもなさそうだし・・・


「落ち着きましたか?」

「・・・はい」

あーこりゃマズいわ
紅魔館なめてたわ
そういや紅魔館って悪魔が住んでるとか聞いたなー
なんで先に思い出さないかなそういうこと
こりゃ死んだかもしれないぞ

「えーと・・・さっきの鬼は私が追い払いましたから」

予想外の言葉だった
こいつ・・・私の仕業だって気づいてない・・・?

「あ・・・え・・・その・・・」

正直に言うべきか。今ならバレずに帰ることもできる

「えっと・・・」

「ん?」

正直言って怖い。この門番も妖怪のようだし、さっきの現象も分からない
・・・あれが「き」とかいうやつなんだろうか
大体門番とはいえ悪魔の住む館の正門を任されてるのよ。只者なワケがないわ

・・・ちょっと、仲間を探すためにここまできたんでしょうが
こんなところで誤魔化してばかりいたら一生一人ぼっちよ

「あれは・・・私が・・・」

「私が?」

「あれは、私が・・・やったの」

門番は怒る様子はなかった
それよりもただ驚きが大きいようだった

「ただの悪戯のつもりだったの・・・居眠りしてたもんだから」

「あー・・・それは私が悪いですね、たはは」

意外にも、門番は笑っていた
なんともいえない感情が湧き上がる

「つまり、あなたは幻を見せられると」

修酔は恐る恐る頷いた

「すみません、私ああいうのは初めてだったもので。つい本気になってしまいました」

「なんであんたが謝るのよ・・・」

「怖い想いをさせてしまったのは私の方ですからね
 でも、悪戯はほどほどにしてくださいね」

「怖くなかったの? あれ・・・」

門番は目を丸くして、少し返答に困ったようだった

「なんというか、見た目だけではどうとも・・・」

「あの、『き』っていうのが基準?」

「『気』の事ですか。そうですね、相手を計るならそれが一番でしょう」

修酔の中では、既に恐怖よりも好奇心の方が勝っていた

「ねぇ、『き』ってなんなの? あのブワァってやつもそうなの?」

「えっと・・・説明するのは難しいですねぇ」

「教えて! 今じゃなくてもいいから!」

門番は苦笑いしている
五感とは違う感覚が存在していることに対して、興味が沸かないはずがない
私の悪戯を完璧にするためには、絶対に必要なことだわ!

「えっと・・・そうですね、では明日のお昼辺りにでも・・・」

「教えてくれるの!?」

「いいですよ。触りだけですけどね」

「やった! ありがと!」

嬉しかった
教えてもらえるということももちろんそうだが、それ以上のことがあった
この妖怪も自分の雰囲気とはどこか違っていたが、そんなことは関係なかった
ほんの少しだけど、つながりができた事が心を躍らせた

「私はずっとここにいますから、お好きな時にあだッ!?」

「?」

「いつまでお喋りしてるの?」

気がつくと門番の背後にメイド服姿の人物が立っていた
その手には掃除用具が握られている

「さ、咲夜さん・・・」

「居眠りしてないのは結構だけど、ちょっとお話が長いんじゃないの?」

「す、すみません・・・」

「これからお嬢様がお目覚めになるわ。警備はよりしっかりして頂戴ね」

「了解です」

「お願いね、美鈴」

そう言うと、メイドは一瞬で消えてしまった
こんどはいったいなんなの?

「あんた、美鈴ていうの?」

「はい、紅美鈴です」

「あたし破楽修酔。明日楽しみにしてるよ!」

「はい、私も待ってますね」

今日はもう帰ることにした
美鈴に別れを告げて、夕焼けに飛び立った
そこで一つ、忘れ物を思い出した

「今日は悪かったわー!! ごめんー!!」

振り向きざまに大声でそう叫び、紅魔館を後にした

お礼を言ったのも、謝ったのも、今日が初めてだったかもしれない



TARGET:3 紅 美鈴 完遂